世界に出ようよ!なんて簡単に言えない。

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僕たち家族が住んでいる家は、人口80万の大都市の中心街にほど近い場所にある。
築30年以上の古い家だが、部屋数も多いし子供たちが自転車で走り回るぐらいの庭もある。
そして、この家には前オーナーの人生と想いがつまっている。

この家を買ったのは、日系一世のご夫婦との出会いから始まる。

我が家の前オーナーでもあるご主人の話だ。
日系企業(サンパウロ駐在)の人事部長としてブラジルに赴任してきたが、当時のブラジルは超インフレで不況真っ只中、会社はしばらくして日本へと撤退した。
「役員待遇で迎えるから日本へ帰って来い」
日本の本社は再三帰国をうながしたが、「僕は骨をうずめるつもりでブラジルに来た」「ブラジル人の首を切って自分だけのうのうと役員になれるか!」と帰国の要請を断り、ブラジルに住む決意をしたという。

ご主人はすでに40代。しかも、この時すでに奥さんのおなかの中には7番目の子供がいた。
しかも、ご主人は若い頃から体が弱く、寝たきりになったことさえある。
さて、この立場でどれだけの人が管理職の立場を捨てて途上国で一から人生を始められるだろうか?

前オーナー夫婦は退職金でクルマを買い、僕たちが今すんでいる街に引っ越してきた。
最初に始めた仕事は、朝市で仕事をする人たち向けに飲み物と食事を提供する小さな屋台。
Kombi(バン)に食器や食材、コンロなどを積み、野菜の朝市(青空市)が始まる朝5時から店を開けた。
当時小学生だった長男や長女は冬の凍える中、冷水でコップを洗い、家族を支えた。
仕事が終われば学校に通い、学校から帰れば仕込みの手伝いをした。
「パパィ、コップを洗う水は冷たかったけど本当にいい思い出だよ」、子供たちは笑ってあの頃を振り返るという。

それから25年近くの月日が過ぎた。

彼の子供たちは、脳外科医、弁護士など社会の中ですばらしい成功を収めている。
ある息子さんなどは、日本企業のトップからのたっての頼みで入社、ブラジル進出に欠かせない人材として活躍している。

ある日、そのご主人に「新しい家を建てるので、できればあなたにこの家を買って欲しい」といわれた。
25年近く、夫婦と子供7人の家族が一緒になって住み、人生を刻んできた家だ。
値切ることなく二つ返事した。苦労と運勢が染み込んだ家を値切ることは本心が許さなかった。

世界には多くの日本人が生きる場所を求めて根付いている。
その日本人達の多くは、日本人としてのアイデンティティをしっかり持ち、子供たちも国際感覚豊かだ。
しかし今までの所、日本という国はこれらの日本人を日本人として、日本に必要な人材として認めていない節がある。
実にもったいないことだ。もったいない、なんて言葉を世界ではやらせようとしている割にはね。
フランスなどは、フランス国民というだけで、フランス国外(海外)では上流師弟が通うフランス政府運営の学校に無料で通うことができる。
その気になれば、優秀な子弟は義務教育から大学まで無料だ。

海外で活躍する有名人の物語はいくらでも日本で報道されている。
海外で活躍する!でも、全て自己責任でね!?

それじゃ、世界に出ようよ!なんて簡単に若い人達に言えないと思うんだよ。おぢさんは!
ちなみに、世界に出るというもう一つの解は、その国で生きて生活しその国を愛することだよ。そこから自分のルーツと未来も見えるんだ。
せめて、開拓精神を受け継ぐ2世をサポートする体制ぐらいは作ろうよ。長い目で見れば安い投資だと思うよ。

ね、鳩山さん(笑
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by Pombo_Brasil | 2009-09-04 12:35 | スナップ・ブラジル
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