シャカラ(農園)で過ごす週末

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サッカーの撮影などがない週末、知人が管理する市郊外のシャカラ(農園)を訪れる。
訪問するのはきつい日差しが緩む午後の遅い時間、子供達を連れてクルマを飛ばす。

農園内にはたくさんの鶏が放し飼いにされ、子供達は農園内の池(写真のもの)で釣りを楽しみ、大人達はフットサルに興じる。
数ヘクタールはある農園だが、日本円にして数千万円程度。
ブラジルで成功した人達は、引退後をこうした農園で過ごすのが夢。もちろん僕もその1人だ。

さあ、今週もがんばろう!

PS:ちなみに、ブラジルではこういう話も出ています。
「(東日本大震災の)被災者をブラジルへ」(サンパウロ新聞)




東日本大震災復興協力グループ(発起人=京野吉男ブラジル日系協会会長、中沢宏一ブラジル宮城県人会会長)は、18日午後1時から宮城県人会館で「ブラジルの我々は何ができるか」をテーマに2回目の意見交換会を行った。会には約20人が参加し、震災被災者をブラジルに移住させることができるかなどについて意見が飛び交った。
会の冒頭、京野氏は「私は日系2世で、ブラジル陸軍の退役軍人。リオの士官学校を出た後は、サンパウロやフロリアノポリスなどで勤務した。退役後は、11年前までバストスで農業を行っていた。父は日本の衆議院議員。私は深い大和魂を持っている」と自己紹介した。

続いて、中沢氏は「現在の文協の役員とは別に、地方に日系人のために尽力している2世がいる。一緒に活動できることは素晴らしい」と京野氏の協力を讃えた。
話し合いの中で、安部順二連邦下院議員補佐官の宮原ジョルジ氏は「トカンチンスは12年前から日系デカセギの新しい州になっており、受け入れる体制はできている」と話し、被災者が移住する際には日本に協力的な土地がブラジルに数多くあることを強調した。


参加者からは日本の被災者にとって、ブラジルが移住に適した場所であることを認めながらも「ブラジルが手を差し伸べているという事実を知っても らう努力が必要だろう」、「日本でも移住の運動が高まらないといけない。日本でのキャンペーンはどうするのか」、「両国政府の話し合いまでもっていかない と不可能」といった具体的な方針を固めるべきではといった意見も出た。
また、比較的取り組みやすいホームステイや研修体験の受け入れについては「いずれ帰ってしまうのであれば、あまり両国にとって意味がない。移住を目指して行くべきだ」、「受け入れる側も高齢者が多く対応できない」という声が聞かれた。

今後は、現在、被災地視察のため日本に滞在している小原彰元陸軍少将の報告などを受けた上で、会としての具体的な指針が待たれる。
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by Pombo_Brasil | 2011-05-24 06:56 | 風景・ブラジル
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