第2回、沖縄県西原町出身者の集い(移民祭) Part1

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ブラジルには1世から4世(5世)までを含めると100万人以上の日系ブラジル移民がいる(最初の移民は1908年)。
その中には昔の“琉球王国”、沖縄県からの移民も多い。
パラグアイやボリビアと国境を接するブラジル中西部(南米のちょうど真ん中に位置)のマットグロッソ・ドスル。
ここには、サンパウロやパラナ州についで多い、5万人とも言われる日系人コミュニティがある。
その多くが沖縄系の移民でもあり、中にはブラジルを横断する鉄道建設で汗を流した人たちもいる。

日系移民のたどってきた苦労に関しては昔の記事を参照してほしい。

その州都から数十キロ離れた農場で、先の日曜日に「第2回、沖縄県西原町出身者の集い」が催された。
ポルトガル語では、「Ⅱ encontro dos descendentes da cidade de Nishihara Okinawa」。
小さな移民記念祭のようなものだと思ってもらっていい。
僕は、実行委員の古波津さんから正式に依頼を受けて移民祭の記録を請け負うことになった。
古波津さん(女性)は昨年、日系移民に関する本などを出版した歯科医さんだ。
下の写真は、戦前戦後にブラジルへ渡ってきた沖縄県西原町出身の方々のもの。
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沖縄県西原町は、沖縄本島の中頭郡にある人口3万5千人の町。そこから多くの移民が戦前戦後にかけてブラジルへと渡ってきた。
地球の裏側に同じ西原町を郷土とする移民の方々が集う。その光景はとても言葉では言い表せない。
だからこその写真。

話はちょっと飛んで日系人の話。
日本ではブラジル人というと、出稼ぎやサッカー選手のイメージしかないかも知れないが、ブラジルでは日系人は社会的にとても地位が高い。
「約束を守る、誠実、働き者」。日系人を表現する言葉だ。
会計士や弁護士、医師をはじめとして、信頼を必要とされる仕事での評価は特に高い。
もちろん、農業での貢献も高い。ブラジルの野菜産業は一面、日系移民が興したようなものだ。

ブラジルはアメリカ(米国)にも劣らない多民族国家、欧州、インディオ、アフリカ、アジア、中東系、民族のるつぼだ。
日系人がその中で占める割合はほんの少し(ブラジルの総人口は1億9千万人)だが、存在感は際立っている。
現在のブラジル空軍の総司令官は日系人のサイトウ司令官、ブラジル最高学府のサンパウロ大学は日系人であふれている。
ブラジルにしばらく住めば、日本で描くブラジルと日系人のイメージの差に驚くかも知れない。
できるならば、いつの日か南米を訪れて日系コミュニティに接して欲しい。
自分という存在、世界の中での立ち位置、広大なブラジルの大地と自然、必ず得られるものがある。

日本の戦後と切り離されたブラジルには、忘れられようとしている“誇り”が生きている、これが僕の自説だ。
その誇りは与えられるものではなく、力一杯生きて勝ち取るものだ。底抜けに明るい笑顔と一緒に。

さて、これから数回にわたって「西原町移民の集い」の様子を紹介していこうと思う。
紹介できるのはほんの一部だが、了承してほしい。

今回、是非お勧めしたいのが写真を見ながら沖縄の歌を聞くことだ。
僕のお気に入りはBEGIN。僕の記事と写真が気に入ったらBEGINのCDを買ってくださいね。

PS:一枚目の写真は移民祭会場でのエイサーの披露。エイサーは若者に人気がある。
PPS:サルガドとサッカーブラジル代表の写真は一旦棚上げします。気が向いたら再開します。

ブラジル中西部に住む沖縄県西原町ゆかりの方々。
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by Pombo_Brasil | 2009-11-13 18:12 | 日系ブラジル移民
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